
馬頭観音は道端の石碑やお地蔵さまのそばに佇んでいることも多く、忌み地ではないかと怖いと感じている方が少なくありません。
「呪いや祟りがあるのではないか」「そもそも馬頭観音とはどんな仏様なのか」と気になります。
馬頭観音がある土地が忌み地だといわれる理由や何のために建てられたのかをご紹介します。
また、馬頭観音について真言やご利益、手印などのスピリチュアルな意味とあわせて馬頭観音を祀っている寺社もお伝えしましょう。
目次
馬頭観音がある土地は忌み地で呪われる?
馬頭観音の石碑を見かけるとその土地は、災いや不幸などがある不浄で不吉な忌み地だと思っている方が珍しくありません。
忌み地だから呪われるといわれていますが、実は馬頭観音はたまたま、そんな意味がある土地に石碑が立てられているだけなのです。
では、何のために馬頭観音が忌み地だといわれるような土地に建てられたのか解説いたしましょう。
馬頭観音は呪いから守ってくれる仏様。祟りや呪いはない
馬頭観音による呪いや祟りはありません。
その逆で馬頭観音は呪いから守ってくれる仏様なのです。
石碑は、慰霊や供養や守護として建てられています。
- 馬や牛などの家畜守護
- 道路や交通安全加護
- 亡くなった動物たちの供養
- 煩悩を断ち切る守護仏
このような馬頭観音のご利益があるのは、観音菩薩の一尊だからです。
六観音の一柱として我々の生活にご利益を与えています。
動物の供養のために建てられることが多い
馬頭観音は馬牛などが亡くなった場所に建てられることが多いのです。
それまで生活に役立ってくれた馬牛の魂を慰めるための慰霊や供養という意味があるのです。
動物の供養として建てられる点でいえば、現代でも犬や猫のペットの供養塔としても馬頭観音が祀られるケースもあります。
馬頭観音の名残を見つけたいならば、牧場や農村部に足を運んでみるといいでしょう。
馬頭観音のある土地が忌み地といわれる5つの理由
本来は、命を守って供養する仏ですが、馬頭観音のある土地が忌み地だといわれてしまっている理由は確かにあります。
忌み地や呪いのある場所といわれる背景をご紹介しますので、そこに存在する誤解や伝承を理解しましょう。
忌み地といわれる理由は主に5つあります。
馬捨て場だったから
馬捨て場とは、農耕や運搬で働いていた馬が亡くなった際に運んで捨てていた場所です。
今のように家畜の火葬施設は整備されていませんし、霊園もありませんでした。
馬捨て場だった場所に馬頭観音の石碑を立てることで魂を慰め、供養したのです。
しかし、死体を葬った場所ということで「怖い」「呪われるのではないか」と思われるようになりました。
また、馬捨て場は人里離れた場所にあったのも忌み地だといわれる理由でしょう。
馬が事故で亡くなった場所だから
馬が事故でなくなった場所に馬頭観音が建てられています。
しかし、事故は災難であり、ネガティブなイメージをその土地につけてしまうことも少なくありません。
呪われる土地、祟りの土地と伝承されることがあるのです。
しかし、実は怖い地ではなく、馬頭観音がそこに存在することで祈りの地となっています。
事故が二度と起きないようにと交通安全や祈願、再発防止の意味を持ちます。
馬頭観音によって土地が浄化されるからです。
差別部落があった場所だから
忌み地といわれる理由は、歴史的な背景を無視して語れず、差別部落が関係しています。
差別部落に住む人(えた)の仕事には、動物の世話や死んだ馬の解体などがありました。
そのため、埋葬する場所や供養する場所が差別部落周辺にあったのです。
歴史的背景からみても「血」や「死」などの好意は穢れであり、差別部落は忌み地や不吉な土地だといわれてきました。
偏見ではありますが、実際に長く語られていたものです。
馬頭観音は憤怒の相をしているから
観音様は基本的に柔和な表情をされていますが、唯一、憤怒の相を馬頭観音はされています。
怖い顔をしているのは、怒っているのではなく、慈悲を表わしているのです。
迷いが煩悩を一生懸命に断ち切る際の表情で、必死さを感じてみましょう。
あえて表情をすることで、悪しきものを退けるための力強さとなっています。
寂しい場所や村はずれなどに憤怒の相をした馬頭観音があることで「怖い」「祟りがありそう」「忌の地」だといわれています。
打ち捨てられボロボロの石碑が多いから
長い年月を経た馬頭観音の石碑をみると、風雨にさらされて劣化し、苔やヒビに覆われていることが少なくありません。
顔や文字が消えていたり、石が欠けていたりすると、きちんと管理されていないことで祟りがありそうだと感じます。
実際に、ひっそりとした場所にあり、いつの時代のものか分からないものもあり、放置に近い馬頭観音もあります。
しかし、長年祈られていた供養の場であることは間違いなく、朽ちていたとしても慈悲の証を感じられます。
馬頭観音の真言と唱え方
馬頭観音の真言にはいくつかありますが一般的な真言は「オン アミリト ドハンバ ウン ハッタ」です。
真言の意味は「不死の法(アミリタ)の流れよ、我が身に注げ。煩悩よ、破れ!」というもので、動物たちの魂を浄化する力が込められています。
意味をしっかりと理解して馬頭観音の真言を唱えると効果を得られます。
- 霊魂の供養
- 苦しみや煩悩からの解放
- 苦痛安全や旅の加護
- 病気平癒や延命
- 動物愛護
馬頭観音の真言を唱える際には、静かな空間で姿勢を正して行います。
神仏仏閣や自宅の仏壇前がおすすめですが、部屋が静かならば問題ありません。
集中するためには、馬頭観音像や写仏に向かって行うと効果的です。
真言はゆっくりと、一語一語丁寧に唱えると気持ちを込められます。
馬頭観音の梵字と手印
梵字とはサンスクリットの一文字仏です。
馬頭観音の梵字は、憤怒の性格、破邪、守護の力を示しているといわれています。
梵字表記:ॐ अमृत धारंब हूं हत्
種字:हूं(フーン)
「「हूं(フーン)」は怒りや煩悩を断ち切るような力強さを象徴しています。
そして、馬頭観音の手印は「馬頭観音印」です。
こちらの手印も力強いもので、悪を打ち砕く力があります。
両手を胸の前で合わせて合掌します。
人さし指と薬指を手の中に折りこんでください。
正式な密教印はもっと複雑なものですが、上記のようなイメージの印も「馬頭観音印」としての効果をしっかりと発揮します。
祈りの所作としても、「煩悩を包んで怒りを鎮める」という意図があるからです。
馬頭観音のお参りの仕方
観音様へのお参りですから、丁寧な心で挑みましょう。
馬頭観音ならではの特徴や背景を踏まえることが必要ですから、怖がるよりも敬意と感謝を大切にするべきです。
服装は落ち着いたもので、馬頭観音像や石碑の前で軽く一礼します。
到着でき、お会いできたことに感謝を表します。
水場や手水舎があれば手や口を清めますが、なければ心で清めましょう。
お供えをする場合は、動物供養ならば、その動物の好物がおすすめです。
他にも花やお水、お線香などをお供えしても構いません。
合掌して馬頭観音の真言を唱えます。
動物の冥福や供養、災難除け、怒りや苦しみの解放などの願いや祈願を行います。
最後に再び一礼をして感謝の気持ちを込めましょう。
馬頭観音像をお参りする場合の注意点は以下をご覧ください。
- 面白半分で行かない
- 撮影してSNSにあげない
- 落書きをしたり石を動かしたりしない
- 「怖い」「呪い」などと軽々しく発言する
- ペット同伴でいかない
馬頭観音がお祀りされている有名な寺社
- 宝塚・中山寺(兵庫県)
- 高尾山 薬王院(東京都)
- 馬頭観世音菩薩堂(栃木県)
- 観音寺(東京都)
- 円通寺(福島県)
馬頭観音は道端などにもありますが、寺社で祀っているところもあります。
それは全国各地に点在しており、有名な神社からひっそりと存在するお寺まで様々です。
交通安全や動物守護の祈願が行われている寺社や古くから馬と関連する土地にあるところに祀られている印象です。
東京都にある「観音寺」は、別名「馬頭観音寺」とも呼ばれており、現代でも動物供養のために足を運んでいる方が少なくありません。
ペットの慰霊祭なども行われているお寺です。
馬産地が多い東北地方や信越地方には寺社以外にも、道端や農耕地近くで馬頭観音を見かけることができます。
占い師sakuraのワンポイントアドバイス「馬頭観音は呪うのではなく人々を救ってくれる仏様」

しかし、馬頭観音は呪うのではなく、反対に人々を救ってくれる仏様なのです。
呪いも祟りもありません、馬頭観音の真言には煩悩や苦しみを手放す効果があるような存在。
怖いといわれる理由には誤解がありますので、これからも私たちを救う馬頭観音様に祈りを捧げていきましょう。