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お伊勢参り、「一度は行ってみたい!」と思っている人も多いもの。

ここでは伊勢神宮の歴史や、お伊勢参りが始まった理由、江戸時代のお伊勢参りと、ご利益・参拝についてのルールや、参拝ルートなど、お伊勢参りについて細かく解説していきます。

まだお伊勢参りに行ったことがない人はもちろん、一度行ったことはあるけれど…という人も、伊勢神宮とお伊勢参りの歴史を知ってお参りすると、また違った気持ちで参拝することが出来るものです。

伊勢神宮に行く前には、ぜひ知っておいてもらいたいことがたくさんありますので、参考にしてみてください。

お伊勢参りの歴史って?江戸時代のトレンド

お伊勢さんとは? 伊勢神宮参拝の始まり

伊勢神宮に祀られているのは「天照大神(あまてらすおおみかみ)」であり、天皇家の祖先でもあります。

そのため、現在では「お伊勢さん」と呼ばれ、親しみを持ち、誰もが参拝できる伊勢神宮ですが、昔は一般の庶民が参拝することは禁止されていた時代がありました。

ところが平安時代の末期になると、朝廷の財政が悪化し始め、天皇家が伊勢神宮を維持していく費用に困ることになったのです。

伊勢神宮は困ったのち、参拝者を案内したり、参拝や宿泊のお世話をする「御師(おんし)」と呼ばれる神職者を、全国各地に派遣させ、布教活動をして、資金集めに動き出します。

初めは貴族だけが対象だった布教活動も、鎌倉時代に入ると一般庶民に対しても布教活動を始めたことから、鎌倉時代後半には尾張・美濃の国では、伊勢信仰が広く浸透していくことになったのです。

このようなことから江戸時代に入ると、農民の間でお伊勢参りをすることが生活の一部となって、流行していくことになります。

江戸時代の人にとってのお伊勢参り

江戸時代になると、庶民の間で伊勢神宮へ参拝することが盛んになりましたが、それでも庶民にとって伊勢神宮まで旅をするということは、お金もかかり、移動自体も厳しい制限がかかって難しいもの。

江戸時代では、今のように数時間で伊勢神宮まで行けるような簡単なものではないのは、誰もが想像に難くないといえます。

移動手段はもちろん全行程、徒歩しかないので、どんなに遠くて時間がかかったとしても、ひたすら歩かなければいけません。

旅に出るということは、江戸時代の人にとっては、一生に一度あるかないかのことです。

一度伊勢神宮を目指して旅に出れば、途中さまざまな場所を観光したり、神社や仏閣に立ち寄ったり、今でいう観光をしながら道中を進んで行きました。

徒歩では、一日に進むことが出来る距離も決まっていますので、伊勢神宮からどれくらい離れているかにもよりますが、2カ月から3カ月という時間をかけての旅になります。

そんなに時間がかかるということは、旅の費用もそれは大きな金額になってしまうもの。

自分で旅に出るお金を貯めることは、途方もないことで、農民などの一般庶民には不可能ともいえる金額です。

そこで考え出したのが「お伊勢講(おいせこう)」という仕組み。

みんなでお金を出し合って、順番に伊勢神宮へお参りをしようという団体です。

この仕組みがあってこそ、江戸時代には多くの人が伊勢神宮にお参りできた、ということがいえます。

お伊勢さんと通行手形

江戸時代には、今のように自由に県境を越えたりすることはできませんでした。

「関所」や「口留番所」というものが、各地に設置されていて、人の移動はとても厳しく制限されていたのです。

現在でいうところの、空港での税関チェックみたいなもので、身分の証明や、目的がハッキリとしていないと通ることが出来ません。

そんなパスポートやビザのような存在が、必要になるということです。

それが「通行手形」と呼ばれるもの。

「関所」や「口留番所」を通るためには、「通行手形」というものが必要で、事前に申請して発行してもらわなければいけません。

しかし庶民に対しての「通行手形」の発行は実際には厳しく、なかなか手に入れることが出来ないものでした。

そんな「通行手形」も、目的がお伊勢参りとなる場合にのみ限っては、例外とされていて、手に入れることが出来たのです。

「通行手形」を手に入れれば、どの街道を通って、どこに立ち寄ってもよいので、お伊勢参りに出かけるくじに当たって代表者になった人は、伊勢神宮の前後にさまざまなところへ立ち寄ったとされています。

お伊勢参りが目的の「通行手形」は、万能なものだったといえるのです。

抜け参りとは

江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣のことを「抜け参り」といいます。

数百万人という規模の参詣で、60年周期で大流行したものです。

記録によると、半年も経たないうちに460万人もの参拝者が訪れた、とあります。

「抜け参り」の発端は、子どもが親に無断で、集団で伊勢神宮へ参拝に出かけたこととされていて、その後子どもだけではなく、女性に波及していったとされているのです。

子どもが親に無断で、奉公人が主人に無断で、ということが「抜け参り」と呼ばれるようになった所以だとされています。

しかしながらこの「抜け参り」、本来の目的を果たせないまま帰路に着くことになった人も多かったのです。

旅はとても長くなりますので、体調不良に見舞われたり、食事や宿泊場所を確保できないことがその多くの原因となっています。

「抜け参り」は急にいなくなりますが、少し時間が経てば戻ってくるという認識にあったことと、伊勢神宮への参拝という理由から、「抜け参り」を咎められるようなことはありませんでした。

伊勢神宮への参拝を妨害したり、無断であろうと、伊勢神宮へ参拝した者を罰したりしてしまえば、神からの罰が下ると考えられていたのです。

施行があったからこそ参拝できた

お伊勢参りには、大きなお金が必要だとされているにも関わらず、「抜け参り」のように、子どもや奉公人であった女性が伊勢神宮に参拝に行くことが出来たのか、という疑問ですが、これには「施行(せぎょう)」があったからなのです。

「施行(せぎょう)」というのは、いわゆる「施し(ほどこし)」のこと。

お伊勢参りは特別なもの、という認識があった江戸時代で、伊勢神宮への参拝はいかなる理由であっても咎められることはなかったという背景からもわかるように、「抜け参り」を行う者は、道中でさまざまな施しを受けることが可能だったのです。

食べ物を恵んでもらったり、金銭をもらいことが出来たり、なかには一晩家に泊めてくれる人もいたといわれています。

これは伊勢神宮への参拝者が困っていることを助けることで、自分たちにも神からの恩恵があると考えられていたのです。

伊勢神宮への参拝には「柄杓(ひしゃく)」を携えていた人が多く、周りから見ても「あの人は伊勢神宮へ参拝に出かけているのだな」とわかりやすかったことも理由の一つ。

「柄杓(ひしゃく)」が伊勢神宮への参拝者のしるしとなったのは、「柄杓(ひしゃく)」は神様と人を繋ぐものとされていたから。

そのため「施し(ほどこし)」は「柄杓(ひしゃく)」で受け取っていたといわれています。

お伊勢講という仕組み

「御師(おんし)」は布教活動の中で、「家内安全・農耕の繁栄など、あらゆる面でご利益がある」と説いていましたが、当時の庶民にとっては、伊勢神宮までの旅費はとても大きな金額だったので、農民の間では「お伊勢講(おいせこう)」という仕組みが確立し始めます。

それぞれの「講(こう)」に所属している人は、定期的に積み立て金を出し合い、伊勢神宮までの旅費を作り、くじで決めた代表者が伊勢神宮まで参拝に行くのです。

一度くじに当たれば、次からくじを引く権利はなくなるので、同じ人が何度もくじに当たることはなく、いつかは「講(こう)」に所属しているもの全員が伊勢神宮にお参りすることが出来るという仕組み。

旅に出るのは、農閑期で、一度に2・3人がくじに当たります。

これは旅の道中の安全のためといわれていて、一人で旅に出ることはなかったようです。

出発時には見送りの儀式が行われたり、残った人たちで道中の安全を祈願したりします。

代表者は道中で観光をしながら伊勢神宮までの道を楽しみ、伊勢神宮に着くとみんなのことを祈り、帰ってくるのです。

代表者が帰ってくると、帰還を祝いがおこなわれ、代表者のお伊勢参りは終わり。

伊勢神宮への旅の間、「御師(おんし)」は、農民にとっては豪華ともいえる宿や食事を手配するなどして、参拝者を楽しませます。

伊勢の旅から帰って来た代表者は、旅の楽しさを話して回るので、次のくじに参加するためにまた、積み立てをがんばるようになるのです。

お陰参りと呼ばれる理由

「お蔭参り(おかげまいり)」というのは、「抜け参り」のことです。

1771年(明和8年)ごろから、「お蔭参り(おかげまいり)」と呼ばれるようになりました。

なぜ「抜け参り」が「お蔭参り(おかげまいり)」と呼ばれるようになったかというと、伊勢の神様の「おかげ」というところからきています。

「抜け参り」は十分な準備もせずに、急に伊勢神宮へのお参りの旅に出ていました。

食事や宿泊のためのお金も、不十分のままですが、それでも「施し(ほどこし)」を受けながら、無事に伊勢神宮へとたどり着き、お参りをすることが出来る人がたくさんいたのです。

それもすべては伊勢の神様の「おかげ」で出来たこと、という想いがあって、次第に「抜け参り」ではなく「お蔭参り(おかげまいり)」と呼ばれるようになったということ。

またここには、日頃の生活も平穏に暮らせているのは伊勢の神様の「おかげ」という気持ちも込められているのです。

そして「お蔭参り(おかげまいり)」が大流行したとして、1650年(慶安3年)・1705年(宝永2年)・1771年(明和8年)・1830年(文政13年)とされていますが、これらの年を「おかげ年」と呼んでいます。

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江戸時代の庶民がお伊勢さんに行きたがった理由とは

旅行は簡単ではなかった

江戸時代の庶民の人がお伊勢参りへと出かけていた理由は、もちろん伊勢神宮へのお参りが目的ですが、みんながこぞってお伊勢さんに行きたがっていた理由は、それだけではありません。

一つの理由として、旅行に出かけることが出来るというものがあります。

現代では旅行に出かけるのは自由で、日本各地の国内旅行はもとより、海外旅行に出かけることも、困難ではありませんし、いつでも行きたい時に出かけることが出来るもの。

旅行をすること自体、現在では珍しいものではありません。

しかし江戸時代の庶民の人にとっては、旅行というものは、一生に一度出かけることが出来るか、出来ないかといったものでした。

そのようななか、「お伊勢講(おいせこう)」で代表者として伊勢神宮へと旅行して帰って来た人からの話を聞いた庶民の人たちは、伊勢神宮への旅行に対して夢を抱いていたのです。

伊勢神宮だけではなく、その道中でさまざまなところに寄ってきた話、「御師(おんし)」の人による自分たちにとっては豪華な宿泊場所や料理、そのような話を聞くことで、誰もがお伊勢参りをしたいという想いを募らせていたという気持ちは「一生に一度はお伊勢さま」という言葉を生んだことからも、いえます。

観光スポット立ち寄り

多くの江戸時時代の庶民が、お伊勢参りに出かけた際、立ち寄ったとされる観光スポットがあります。

人気があったのは、京都・奈良・大阪といった観光地。

神社や仏閣を巡ったり、名所や旧跡を巡ったり、繁華街ともいえる場所を訪れたり、芝居を観に行ったりなど、伊勢神宮からまた足を延ばして訪れていたといいます。

地元では味わうことのない、栄えた土地にある珍しいものを楽しんでいたものです。

なかには温泉地に立ち寄った人もいれば、景色のきれいなところを訪れた人もいます。

またその土地のおいしいものに、舌鼓を打つなど、現在でいうグルメ旅をしていたという人もいました。

「御師(おんし)」が、宿舎や観光地の仲介をしていたこともあり、さまざまな場所への案内も担っていたので、旅をする者の希望を聞いて紹介するといったこともあったといえます。

江戸時代の庶民にとっても、現在の私たちにとっても、旅行に出かけて観光をする場所やことは、時が違えど同じなのだといえるのです。

江戸時代から始まったお土産文化

お伊勢参りは、現在でも続く旅行のお土産文化の始まり、ともいえるものです。

旅行に出かければ、お土産を買って帰るのが当たり前ともなっていて、各地にもお土産屋さんはたくさんあります。

そもそもこのお土産を買って帰る文化は、「お伊勢講(おいせこう)」の仕組みがあったから出来たものだとされているのです。

立ち寄った土地の名産品や、食べ物をお土産として買って帰っていたとされ、江戸時代にもお土産屋さんは存在していたということ。

しかしお伊勢参りが始まったころまでさかのぼっていくと、代表者が「講(こう)」の人数分のお札を買って帰るというのが定番でした。

このお札は「伊勢神宮の神宮大麻」というお札で、代表者が伊勢神宮の「ご利益」と「無事にお参りを済ませて帰って来たことの証」として、みんなに配っていたのです。

これがお土産の始まりだといえるのですが、多くの人が伊勢神宮にお参りをし始めたことで、「伊勢神宮の神宮大麻」だけではなく、現在のお土産のように、食べ物や工芸品などをお土産として買って帰るように変化していったといえます。

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伊勢神宮のご利益とは?

五穀豊穣の天照大御神

伊勢神宮の内宮に祀られているのが、「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」です。

「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」は、日本の最高神とされていて、天皇家の祖先でもあります。

「伊弉那岐神(いざなぎ)」を父、「伊弉冉尊(いざなみ)」を母に持ち、弟「須佐之男命(すさのお)」との誓約により五男三女神を生んだとされているのです。

「須佐之男命(すさのお)」とのケンカから、機嫌を損ねた「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」が、「天岩戸(あまのいわと)」に引きこもってしまった時には、世の中が闇に包まれたといいます。

その字からもわかるように、天を照らす太陽の女神様で、あらゆる恵みをもたらすとされているのです。

農業の盛んな日本には、太陽の恵みは大切にされてきたことから「五穀豊穣」のご利益があるとされています。

しかしながら日本の最高神であることから、「五穀豊穣」だけに限らず、「国土安泰」「子孫繁栄」「開運」「福徳」など、「所願成就」のご利益があるとされているのです。

衣食住豊の受大御神

伊勢神宮の御正宮に祀られているのは、「豊受大御神(とようけのおおかみ)」です。

「豊受大御神(とようけのおおみかみ)」は、「伊弉冉尊(いざなみ)」の孫であり、「和久産巣日神(わくむすびのかみ)」の子でもあります。

「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」のお食事を司る「御饌都神(みけつかみ)」でもあることから、「衣食住」と「産業」の守り神として、伊勢神宮の台所でもある外宮に祀られているのです。

内宮がご鎮座されて481年後に「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」のお告げによって、「豊受大御神(とようけのおおみかみ)」を丹波の国からお迎えすることになりました。

「衣食住」の守り神となっていることから、「食」を通じてすべてのことに恵みを与えるとともに、日々の暮らしである「衣」と「住」を守ってくれるのです。

全国の神社で最大の聖域

伊勢神宮には、「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」を祀っている「皇大神宮(こうたいじんぐう)」である内宮と、「豊受大御神(とようけのおおみかみ)」を祀っている「豊受大神宮(とようけだいじんぐう)」である外宮に加えて、14所の別宮と、43所の摂社、24所の末社、42所の所管社があり、125の宮社を含めて「神宮」とされています。

全国に80000社ほどあるといわれている神社の中でも、別格の神宮だといわれ、最大の聖域だとされているのです。

これも日本の最高神である「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」が祀られているからだといえます。

日本古来の建築様式である「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」で建てられている社殿は20年に一度造り替えられているのです。

現在でも年間800万人を超える参拝者が訪れ、年間のお祭りの数は約1500回と、たくさんの神事が行われています。

伊勢神宮の歴史は2000年にも渡り、昔から現在まで「一生に一度は参拝したい、伊勢神宮」として、人々の憧れともいえる存在なのです。

物事の始まりの神様

伊勢神宮の内宮の近くには、道開きの神様である「猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)」を祀っている「猿田彦神社」があります。

「猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)」とは、天孫降臨の先導役を担ったといわれていて、物事を良い方向へと導いてくれる神様です。

「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」の孫でもある、「瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)」が天界から降り立ったとされる天孫降臨の際、地上の世界を案内したのが「猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)」だといわれています。

天孫降臨とは、「瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)」が宮崎の高千穂に降臨したとされるもので、降臨した際には、稲作をもたらしたとされているのです。

その後、「猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)」は、全国を開拓して回ったことから、物事の始まりを道いてくれる「道開きの神様」とされています。

結婚という人生の節目を迎えたカップルが、今後の導きのご利益を得るために、神前婚を「猿田彦神社」で挙げることも多く、また「交通安全」や「五穀豊穣」のご利益もあるとされているのです。

初めてお伊勢さんにいくなら|参拝ルート

1.外宮

伊勢神宮には、125もの宮社がありますが、むやみやたらにどこからでもお参りをしていいというわけではありません。

参拝するには、参拝のルールというものがあるのです。

伊勢神宮は、「外宮先祭」という言葉があって、参拝だけに限らず、祭儀も外宮から行うという習わしがあります。

この習わしに加えて、参拝ではまず「御正宮」のお参りをしてから、「別宮」を参拝するというものが正式なルートなのです。

では外宮ではどのように回ればいいのかですが、まずは「火除橋」を通って神域へと入っていきます。

そして「手水舎」で参拝前にお清めを済ませましょう。

その後、外宮の「正宮」である「豊受大御神(とようけおおみかみ)」を祀っている「豊受大神宮(とようけだいじんぐう)」に参拝をします。

このあとは好きなように別宮を回ればいいのですが、おすすめはまず「古殿地」。

「古殿地」は前回の遷宮まで御殿が立っていた場所で、次回の遷宮にまた御殿が立てられる場所なのです。

「別宮・多賀宮(たがのみや)」は、「豊受大御神(とようけのおおみかみ)」の「荒御魂(あらみたま)」をお祭りしているところ。

地主の神様である「大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)」が祀られている「別宮・土宮(つちのみや)」は、別宮の中で唯一東を向いて建てられています。

「別宮・風宮(かぜのみや)」に祀られているのは、「級長津彦気持ち(しなつひこのみこと)」と「級長戸辺命(しなとべのみこと)」。

二人とも風雨を司る神様です。

「外宮神楽殿」では、お札やお守り・御朱印を受けられるところなので、外宮の最後、内宮に行く前に立ち寄ってみましょう。

2.内宮

外宮を参拝して回ったら、内宮へと向かいます。

内宮の入り口にもなっている「宇治橋」を通っていくのです。

入り口を入ったら、向かうのは「手水舎・御手洗場」でお清めをしましょう。

そして内宮の「正宮」である「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」が祀られている「皇大神宮(こうたいじんぐう)」へ参拝します。

ここにも「古殿地」がありますし、「御稲御倉(みしねのみくら)」という、神宮神田で収穫され、お供えされる御稲が奉納されている場所があります。

小さい御殿ですが、神明造がどんな構造なのか、特徴を見ることが出来ますので、おすすめです。

「別宮・荒祭宮(あらまつりのみや)」には、「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」の「荒御魂(あらみたま)」が祀られています。

「別宮・風日祈宮(かざひのみのみや)」は風雨を司る神様を祀っているところで、道中の「風日祈宮橋(かざひのみのみやばし)」から見ることが出来る、新緑や紅葉は絶景です。

「内宮神楽殿」では、お札やお守り・御朱印などが受けられます。

内宮を出る前に立ち寄ってみてください。

内宮を出る前に、休憩がしたければ「参集殿(さんしゅうでん)」があります。

参拝者のための休憩所なので、ここで休憩ができますが、見どころも。

中央に奉納舞台があるのです。

能・狂言・奉納行事などが行われる場所でもあります。

休憩をしながら奉納舞台を眺めてみるのもまた、心が洗われる気持ちです。

域外の別宮

伊勢神宮の別宮のうち、いくつかは内宮・外宮の域外に鎮座されています。

月の満ち欠けを教え、暦を司る神様を祀ってある「月読宮(つきよみのみや)」は内宮の別宮です。

ここには四別宮が並んで鎮座しているのですが、この四別宮にも決まっている参拝の順番があります。

まず右から2番目に鎮座されている「月読宮(つきよみのみや)」、次に一番右側に鎮座されている「月読荒御魂宮(つきよみあらたまのみや)」をお参りするのです。

その次は、右から2番目に鎮座されている「伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)」、最後に一番左側に鎮座されている「伊佐奈弥宮(いざなみのみや)」をお参りしましょう。

内宮の別宮「瀧原宮(たきはらのみや)」には二つの別宮が並んでいて、どちらも「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」の「御魂(みたま)」が祀られています。

「瀧原宮(たきはらのみや)」にお参りしてから、「瀧原並宮(たきはらならびのみや)」にお参りするのが、順番です。

「伊雑宮(いざわのみや)」も内宮の別宮で、「天照大御神御魂(あまてらすおおみかみのみたま)」が祀られています。

ここで行われる「御田植式」という神事は、「磯部の御神田」として重要無形民俗文化財に指定されているのです。

「倭姫宮(やまとひめのみや)」も内宮の別宮の一つ。

祀られているのは、「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」のご鎮座を導いたとされる「倭姫命(やまとひめのみこと)」です。

別宮の中では新しく、「倭姫宮(やまとひめのみや)」周辺には神宮美術館などがあり、「倭姫文化の森」と呼ばれています。

外宮の別宮である「月夜見宮(つきよみのみや)」は、「月読宮(つきよみのみや)」と同じ御祭神を祀っていているのです。

片参りは避ける

「片参りは避けるべき」といわれている神社仏閣は、全国に存在していて知っている人も多いもの。

伊勢神宮も「片参りを避けるべき」神社なのです。

伊勢神宮はとても広いので、参拝者の多くは「内宮」だけをお参りして帰る人が多いのですが、実はこの「内宮」だけをお参りすることは「片参り」といって、あまり良くないといわれる参拝の方法。

「内宮」と「外宮」がある伊勢神宮は、このどちらかだけを参ることが「片参り」と呼ばれるのです。

まず「外宮」を参拝してから「内宮」を参拝するという、伊勢神宮の参拝のルールというものがありますので、守ってこそ、ご利益も受けることが出来るということ。

せっかく最高神が祀られていて、最大の聖域だといわれている伊勢神宮、パワースポットとしても知られています。

そんな伊勢神宮に参拝に行くとなったら、そのご利益も最大限に受けたいと思うのは、当然の気持ちです。

参拝に際して気をつけなければいけないことは多くありますが、「片参り」も気をつけなければいけないことの一つであり、知っていれば気をつけることができるもの。

伊勢神宮に参拝するなら、「内宮」と「外宮」の両方をお参りするようにしましょう。

おはらい町とおかげ横丁

伊勢神宮の「内宮」の前には、「おはらい町」という800メートルにわたって続く昔にタイムスリップしたかのような街並みが軒を連ねています。

歴史的建造物もあり、たくさんのお土産屋さんや飲食店が集まっているのです。

伊勢神宮を参拝した後には、この「おはらい町」で買い物に時間をかけたり、休憩しながらお茶を飲んだりするなどしてもいいですし、ただ散歩をしてみるだけでも楽しむことが出来る通りになっています。

「おはらい町」から「世古」という路地を行けば、清流五十鈴川へと出ることが出来ますので、川沿いを歩いてみるのもおすすめです。

そんなおはらい町のちょうど中ほどにある一画を「おかげ横丁」といいます。

江戸時代の代表的な建築物が残っていたり、再現されていたりと、当時の人たちがお伊勢参りに参拝に来た時と同じような景色を見ることが出来るのです。

「おかげ横丁」にある「おかげ座・神話の館」では、神話を映像と和紙で出来た人形を使って展示してあったり、神話をテーマとした体験施設となっています。

「おかげ横丁」のすぐ脇には、赤福本店があるなど、伊勢の有名なお土産や、食べ物のお店が並んでいますので、どのお店にしようか迷ってしまうほど。

伊勢神宮に参拝の際には、ぜひ「おはらい町」と「おかげ横丁」にも足を運んでみてください。

お伊勢さんに参拝するときに注意すべきポイント

午前中にお参りを

伊勢神宮に限らず、神社や仏閣にお参りをするのは午前中にお参りすることが、神様に願いが届きやすいといわれています。

そうでなくても参拝者の多い伊勢神宮では、なるべく早く、出かけることで混雑を防ぐことが出来るのです。

「外宮」から「内宮」へと、同じルートで人が移動していきますので、混雑に引っかかってしまえば、混雑の中を進んで行くことになってしまいます。

伊勢神宮は、朝の5時から参拝が可能になっていますので、可能な限り早く参拝に出かけることをおすすめします。

タイミングによっては、「おはらい町」「おかげ横丁」で朝市が開かれている日もありますので、スケジュールを確認して立ち寄ってみてもいいものです。

外宮は左側、内宮は右側、真ん中は神様

参道の歩き方にも、決まりがあるので、伊勢神宮に参拝するときの注意点の一つです。

「外宮」の入り口は「火除橋」、「内宮」の入り口は「宇治橋」ですが、ここでも気をつけなければいけないことがあります。

まず「外宮」の参道は、「左側通行」です。

橋には表示がありますので、表示に従って歩けば心配することはありません。

一方「内宮」の参道ですが、こちらは「右側通行」になっています。

伊勢神宮では、「外宮」と「内宮」では、参道が逆になっているのです。

こちらも橋の表示の通りに歩いていけば、心配ありません。

参道の基本的な決まりとして、真ん中を歩いてはいけないのは、多くの人が知っていることでもあります。

なぜなら参道の真ん中は、神様が通る道だからです。

これは伊勢神宮でも変わることはありませんので、参道の真ん中は歩かないように気をつけてください。

個人的なお願いは「荒祭宮」と「多賀宮」で

伊勢神宮で参拝するときに気をつけなければいけない事の一つに、個人的なお願い事についての決まりごと。

「外宮」「内宮」ともに、まず初めにお参りするのは「御正宮」です。

お参りに来たら個人的な願い事をお願いしてしまいそうになりますが、「御正宮」は個人的なお願い事をする場所ではありません。

「御正宮」は、神様への感謝をお伝えする場所なのです。

まず神様には日頃の感謝の気持ちを伝えて、ご挨拶をしましょう。

ここで感謝を伝えた後に向かう第一別宮、「外宮」であれば「多賀宮(たがのみや)」や、「内宮」であれば「荒祭宮(あらまつりのみや)」で、個人的なお願い事をするのです。

伊勢神宮に限らず、祀られている神様に対して、正しいお願い事をしなければ、神様に想いは届きません。

正しい場所で、正しいやり方でお願いをするようにしましょう。

お守りはセットで買うべき?

伊勢神宮でお守りを買うことが出来る場所は、「外宮」「内宮」ともにある「神楽殿(かぐらでん)」、「内宮」にある参拝者のための休憩所「参集殿(さんしゅうでん)」、「外宮」「内宮」の各別宮の社務所です。

「外宮」「内宮」のどちらでお守りを買うかによって、形や色が違うお守りもあれば、共通のお守りもあります。

「外宮」と「内宮」では、祀られている神様が違いますので、それぞれの神様に従って、お守りを購入するといいといえるのです。

一説に「伊勢神宮の外宮と内宮のお守りをセットで持つと、ご利益がある」といわれていますが、実際のところは2つ持ったからといって、ご利益が倍増するわけではありません。

「お守りを一人でいくつも持っていると、神様同士がケンカしてしまい、ご利益がなくなる」という説もありますが、これもお守りを大切に扱わない人がいるから言われるようになったことであって、実際は一人でいくつ持っても問題はないのです。

そういった意味では、「外宮」と「内宮」のお守りをセットで持つのも、いいかもしれません。

占い師 RINのワンポイントアドバイス「日本人なら一度は参拝してみたい!お伊勢参り」

RIN
江戸時代から始まったお伊勢参りですが、昔の人と同じように、現代でもたくさんの人が伊勢神宮へお参りに訪れています。

日本の最高神である「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」が祀られていて、最大の聖域ともいわれ、現代ではパワースポットとしても人気のある伊勢神宮。

昔の人は自由な旅行でさえ、困難だったときに「一度は行ってみたい!」と勢神宮に想いを馳せていたものですが、それは現在を生きる日本人も変わらない想いを抱いています。

伊勢神宮の参拝の決まりをしっかりと守って、一度はお伊勢参りをしてみたいものです。

「おはらい町」や「おかげ横丁」など、昔の人に想いを寄せることも出来る場所もありますので、お伊勢参りだけを楽しむのではなく、昔の人の暮らしに気持ちを寄せてみるのもいいかもしれません。

お伊勢参りで、神様のご利益をいただけると嬉しいものです。

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