占い師 聖子
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現代でもロマンティックな伝承と共に親しまれている行事は七夕です。七夕には、織姫と彦星が年1回だけ会えるという伝説があります。

その伝説に自分をなぞらえたこともあるでしょう。また、最近では七夕をイメージしたスイーツなども増えてきて大人も子供も楽しむことができるようになっていますよね。

七夕と言えば、短冊に願いを書いて笹に吊るすという行事が一般的です。ふと、振り返ると不思議です。

そんな七夕について見て行きましょう。

七夕の由来って?

七夕は五節句の1つ

七夕は、五節句と呼ばれる暦に含まれる行事です。暦と言えば二十四節気や七十二候の方が有名かもしれませんね。

そのどちらの暦も中国から日本へと入ってきた暦なので日本の風習や文化にそぐわない面もありました。

それに比べて五節句は日本人の暮らしの中から生まれた暦なのです。暦と言ってもほかの暦と比べても数が少ないこともあり、季節の目印と考える方が良いでしょう。

雑節はほかの暦と比べて七夕の7月7日のようにゾロ目になっている日程が多いです。ゾロ目になっているとわかりやすいですよね。

ただし、現代の暦とは少し違っているでしょう。元々、新暦と旧暦で約1か月もの違いがあります。

なので、新暦の7月7日の夜空で天の川を見ることは難しいと言われています。それが理由なのかわかりませんが日本の中では今も旧暦に沿って七夕を行う地域もあります。

実は七夕は7月7日ではない?

七夕は、7月7日と思っている人がほとんどですよね。確かに現代のカレンダーにも7月7日に七夕と書かれています。

でも、実は前述した通りに旧暦と新暦で1か月程度食い違いがあるのです。なので、暦ができた時の七夕は現代で言う8月だったのです。

今もこの違いを踏まえて、北海道や宮城県などの日本の北の方を中心に8月7日に七夕まつりを行う地域もあります。

昔から7月7日になると夜に空を眺めていた人も多いのではないでしょうか?子供の頃だと絵本で見かけたような天の川が空を覆いつくしていると信じてやまなかったでしょう。

でも、今の日本の7月の夜空で天の川を見ることはとても難しいです。まず、その時期は梅雨に入っているので空が晴れる日が少ないと言えます。

また、星が低い位置にあることもあり8月7日の夜空の方が美しい天の川を眺めることができると言えるでしょう。

8月7日に七夕を行わない地域だったとしても、こっそり8月7日も夜空を眺めてみても良いでしょう。

中国の乞巧奠(きこうでん)が元になっている

七夕の始まりも暦と同じく、中国にあるとされています。古代中国に牽牛と織女の星伝説である「七夕(しちせき)」と短冊に歌や文字を書いて裁縫や書道の上達を願う「乞巧奠」という風習がありそれらがミックスされた行事となっています。

そこに日本独自の伝説である棚機津女の伝説が組み合わせられています。そもそも七夕において短冊に願いを書くという行事が中国から入ってきたのは驚きですね。

乞巧奠の乞巧とは巧を乞うことを意味しています。奠は、祀るという意味があります。中国の伝説である七夕に登場する牽牛と織女の願いが叶う七夕にあやかった行事なのです。

織女が織物を織る仕事をつかさどる星ということもあり、七夕の夜にお供え物をし裁縫の上達を願っていたのです。

昔は、書道や裁縫の上達を願っていたのであれば最近の七夕の願い事は少し恥ずかしいですよね。

「素敵な恋人に出会いますように」、「youtuberになれますように」だけでなく、当時の乞巧奠のように自分のスキルをアップさせるような願い事を意識してみましょう。

好き勝手な願い事と自分の目標の願い事をしてみると願いが叶いやすくなるかもしれませんよ。

日本では「棚機津女(たなばたつめ)」が由来に

日本独自の伝説に棚機津女伝説があります。この伝説は古事記にも記されているくらい古い伝説です。

棚機津女は古い神話に登場する乙女のことです。天から降りてくる水神を迎えるために水辺に張り出した棚の上で美しい神衣を織ると伝えられています。

中国では「七夕」伝説をしちせきと呼んでいましたが、日本でたなばたと読むのは棚機津女が由来となっていると言われています。

現代に伝わる七夕の話

現代に伝わる七夕伝説を改めて紹介してみましょう。現代の七夕伝説の登場人物は、織姫と彦星の2人です。

織姫と彦星は、1年に1回七夕の日だけ会える夫婦なのです。実は、2人が仲良すぎて仕事を疎かにしてしまい神様の怒りを買ってしまったことが原因で引き離されてしまいます。

みなさまがご存知のように天の川を隔てて西と東に引き裂かれてしまうのです。だけど、2人がとても悲しんだこともあり年1回だけ面会を許してもらいました。

その年1回の面会日が7月7日の七夕です。なので、その貴重な日に雨が降ると織姫と彦星がきちんと会えたのか?気になっている人も多いでしょう。

それは、大丈夫です。日本では雨が降る方が縁起が良いとされています。逆に中国では雨が降ると織姫と彦星は会うことができないとされています。

七夕の日は夜空を見上げてみよう

七夕と言えば、伝説も有名ですが星ですよね。日本や中国では伝説ベースで作られている行事ですが天文学的な裏付けもあります。

まず、織姫と彦星は夏の大三角形の中にいます。彦星はわし座のアルタイル、織姫はこと座のベガです。

この2つの星とはくちょう座を結ぶ三角形を夏の大三角と呼びます。

旧暦の7月7日の夜は天の川が南北に走ります。そして、ちょうど真南の線上に月がかかるのです。

この月に照らされた夜空が天の川と同じ明るさになるので、1年に1度だけ夕方から深夜にかけて天の川が見えなくなってしまいます。

この現象によって天の川に隔てられた織姫と彦星が再会することができるのです。

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七夕飾りは何を願う?七夕飾りの意味と由来

七夕は夏越の祓と同じく厄払い

七夕飾りで最も重要なのが笹ですよね。実際は、笹よりも短冊の方に力が入っている人もいるでしょう。

でも、短冊を吊るす笹がないと何も始まりません。神社では、この時期に夏越の祓という行事が行われています。

名越の祓の行事は、新年から6月末までの半年間の罪やケガレを祓う行事です。茅で作った輪をくぐり、人形に罪やケガレをうつします。

その後にお炊き上げを行ったり川に流してしまったりするのです。基本は、茅で輪を作りますが地域によっては笹が使用されていることもあります。

笹で輪を作るとくぐるときに笹の良い香りがします。

里いもの露を使って書道の上達を願う

七夕の願い事の短冊はどんな筆記用具を使って書くでしょうか?えんぴつやボールペンなどその時に最も近い位置にある筆記用具を使用している人が多いでしょう。

でも、実は書道上達のために良いと言われる筆記用具があるのです。元々、七夕は書道上達や裁縫の上達を願うための行事でした。

なので、書道を上達を願う人は今も多いでしょう。七夕の短冊は、朝露ですった炭で書くのが良いとされています。

現代では毛筆で短冊を書く人は少ないでしょう。でも今のように便利な筆記具がなかったので当たり前のことかもしれませんね。

里芋などの芋の葉には朝に露が溜まっています、

その梅雨は、月からこぼれ落ちた神様の水と言われていました。なので、露は神様からのおすそ分けとされていたそうです。

その神様からおすそ分けしてもらった水で墨をすって字を書きます。それによって、習字や字が上手くなるだけでなく文章を作る能力も上がるとされています。

朝露は、朝でないとなくなるので貴重な水分とも言えますよね。その朝露を丁寧に採取して墨をすることで心が落ち着き、自然と謙虚な気持ちになるので書道が上達するのかもしれませんね。

地方によっては、里芋の露を供えする場所もあるみたいです。また、芋は子宝に恵まれるという意味を持つ食材でもあるので子宝祈願にもなると言われています。

中国では手芸の上達を願う行事だった

乞巧祭会は、中国から伝わってきた習慣で手芸の上達を願うお祭りです。今でこそ、七夕は好きなことを願いますが当時は手芸の上達を願うのが基本でした。

今、織姫と呼ばれている織女が織物を織ることを得意としていたことが理由になっています。

その織女のように手芸が上達するようにという想いが込められたイベントなのです。

短冊の色は決まっている?

七夕では、願い事を短冊に書いて笹に吊るしますよね。今では、何気なく短冊を選んでいると思います。

でも、実は短冊のカラーには意味が込められているのです。七夕に飾る短冊の色は、赤、青、黄、白、黒の5色となっています。

この5色は中国に伝わる陰陽道のカラーとなっています。短冊を吊るすというのも乞巧祭からきている文化です。

また、短冊以外にも織女の織り糸にちなんだ飾りもあります。短冊と同じく5色の糸や吹き流しの形をしたくす玉や紙衣があります。

紙衣は、自分の身代わりになって厄や病気を取ってくれます。さらには、裁縫の上達を願うことができるのです。

笹飾りにも意味がある

七夕の日の笹飾りを何気なく飾っている人も多いでしょう。でも、笹飾りにも意味はあるのです。

実は、笹に宗教的な意味や歴史的な意味がある訳でなく、強い抗菌効果があるためとも言われています。

今でこそ、化学が発達したこともあり笹に抗菌効果があることがわかっていますが昔の人も無意識に使っていたのです。

お供物などを笹の上にのせることでお供え物が腐っていくのを防いだとも言われていますほかにも七夕の日には、笹の葉にお供え物をのせて川に流すという行事もあります。

その笹に願い事やケガレも一緒にのせて川に流すのです。こういう風習があったことから笹と七夕が結びついたのです。

他にも、竹が力強く成長する姿から命のシンボルとされていることから七夕で使われるようになったという説があります。

でも、夏前の暑い時期の食中毒を防ぐために笹を多用していたという説の方が有力かもしれません。

昔は、今よりもずっとあの世が近い存在だったのであの世に足を突っ込んでしまうことを避けるために笹を好んで使っていたはずです。

笹飾りはいつまで飾る?

七夕の笹飾りを飾る目安も知りたいですよね。七夕の笹飾りを飾るのは7月7日までです。基本的には7月7日の夜に七夕まつりを行う土地が多いと思います。

七夕の笹飾りは夏越の祓のように人々の厄などを取るという意味あいが強いので長く持っておくものではありません。

7月7日の夜に笹を川に流したり、燃やしたりすることで人々の厄や病を払ってくれるという効果があるのです。

七夕の趣旨としては、7月7日中でないと川に流すことができないので日は大切にしましょう。

ちなみに片づけるタイミングだけでなく、飾り始めるタイミングも気になりますよね。昔の流れを汲むと七夕の前日である7月6日となっています。

でも、最近では幼稚園や商業施設などではもっと早い段階から飾っていることも多いと思います。

多くの人から短冊を集めるには早めに飾る方が良いのかもしれませんね。昔からのルールを守ることも大切です。

でも、少しずつ現代の生活に合わせていくことが古い文化と共存していくための秘訣かもしれません。

とりあえず、飾りっぱなしにすることが1番良くないので気を付けましょう。

家庭での笹飾りの処分の仕方

笹飾りをいつまで飾るべきか?という疑問が解決されたら、次は笹飾りの処分の方法が気になりますよね。

神社などの七夕祭りであれば笹飾りを川に流したり、その場でお炊き上げしたりします。基本は、人間の厄災などを受けるものなので取っておくべきものではありません。

1番簡単な方法としては、近くの神社の七夕に関連するイベントに参加してそこで自宅の笹飾りを処分することです。

神社に預けるときちんとした形でお炊き上げを行ってくれます。でも、そんな神社が近くにない場合や仕事などで七夕まつりの時間に帰ることができない人もいますよね。

川や海に流すのが元の形なので、それにのっとるのも悪くありません。でも、それは昔の話なので今の環境問題などと照らし合わせると良いとは言えませんよね。

なので、ゴミとして捨てるのが1番ベストとも言えるでしょう。ゴミもゴミ袋に入れているだけのように見えても最終的には燃やされますよね。

ただし、普通にゴミ袋に入れてしまうのはやめてください。塩をふりかけて清めるか、白い紙に包んで捨てましょう。

自宅の庭が広くて焚火を行うことができる場所であれば自分で燃やしてしまうのも良いと言えます。

けど、最近の住宅事情から考えるとゴミとして出す方が良いと言えるでしょう。ほかのゴミにまとめずに笹飾りだけで1つのゴミ袋にまとめてしまうと良いと思います。

笹は、イミテーションであれば来年も再利用したいと思うかもしれません。でも、その年の厄災の身代わりになっているので毎年処分するようにしましょう。

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七夕は海外で風習が違う!諸外国の七夕について

大韓民国の七夕

大韓民国でも日本と同じく七夕の行事があります。でも、日本とは少し違う部分がありますが離れ離れになった乙姫と彦星の夫婦が年に1度会う日というのは変わりません。

日程は日本と違い8月7日になります。そして、笹に短冊を飾ったりというようなイベントはありません。

もちろん、願い事をすることもありません。韓国では、その代わりに祭壇にお供え物をするのです。

日本では、七夕は晴れている方が良いと言われていますが韓国では逆です。韓国では七夕の日は雨の方が良いとされているのです。

韓国では雨が降らないと織姫と彦星は再会することができないと言われているのです。それは単なる雨でなく久しぶりに会えた2人の嬉し涙らしいです。

また、七夕当日だけでなく翌日も雨が続く場合は再び1年間離れ離れになってしまうことに対しての悲しみの涙であると言われているのです。

そして、韓国でも七夕に食べる食材があります。それは、ミルグクスという小麦粉で作った麺とミルジョンビョンという小麦粉で作ったせんべいです。

中国の七夕

七夕の始まりは、中国であるとされています。なので、中国の七夕が1番古い行事であると言われているでしょう。

中国の七夕は「七夕(しちせき)」という古い伝説が元になっています。中国では、天帝の娘である織女と牛飼いの牽牛の夫婦仲が良すぎて働かなくなり、それに怒った天帝から引き離されました。

その2人が唯一会える日が年1回の七夕なのです。織女と牽牛が会う七夕の夜は天の川に鵲が羽を連ねて橋をかけると中国では言われています。

織女と牽牛の2人が鵲を渡るときに踏むから七夕になると鵲の首の毛が抜けるとも言われていますよ。

日本は、この伝説に日本の言い伝えをプラスしたので今の形になっています。中国では、織物を織ることが上手だった織女のように手芸が上達することを願う行事でした。

中国でも伝統的な行事離れが進んでいたそうですが、最近になって再び古きを見直すということが主流になってきたので昔のように七夕も楽しまれています。

台湾の七夕

台湾にも七夕の習慣があります。台湾も中国や韓国と同じく、日本とは違い旧暦の7月7日に七夕の行事を始めます。

なので、台湾においての七夕も8月7日です。織姫と彦星が年に1度会うことができるという伝説は、ほかの国と同じとなっています。

でも、台湾では中国の手芸の上達を願うという意味よりも恋人の日という意味あいの方が強くなっています。

それは、日本のバレンタインデーのように少し商業的なものが理由かもしれません。七夕の織姫と彦星の物語は東アジア圏に広がりました。

中国や台湾ではこの織姫と彦星の伝説をもとに、男性が愛する女性に贈り物をする行事が生まれたのです。

日本語では恋人の日ですが中国語では情人節と言います。その情人節が2000年代になって大々的に宣伝されて若者の間に広がったのです。

ただし、8月の頭は学生など恋愛が盛んな年ごろの人たちの夏休みでもあります。なので、思ったよりも盛り上がらないとも言われています。

ブラジルの七夕

東アジアにおいて広まってきた七夕の行事ですが、アジア圏でもないブラジルでも行われているのです。

実は、ブラジルに七夕が入ってきた理由に日本が大きく関係しているのです。ブラジルは世界一日系人が多い国です。

日本から移住してきた人が七夕文化を持ち帰ったと言われています。なので、基本は日本と変わりません。

中国と同じく日がずれる訳でもなく、日本と同じ7月7日に開催されています。その七夕まつりですがブラジルではスターフェスティバルと呼ばれています。

特にブラジルのサンパウロの中でも日系人が多く住んでいるリベルダージ地区では毎年10万人以上の人が参加する大きなイベントになっています。

その七夕のお祭りの期間は、露店も多く出店されています。そして、音楽が好きなブラジル人らしく、太鼓の演奏や盆踊りも行われにぎやかなお祭りとなっています。

そして、日本と同じく願い事を短冊に書いて竹に吊るします。その様子はすごくカラフルです。

短冊を飾った後は日本と同じく、燃やします。遠く離れた地でも日本にいた時と同じように行事を続けていたのは頭が下がりますよね。

そして、現代にもその行事が引き続き行われていることにロマンを感じますよね。

アメリカの七夕

七夕は東アジアで広まった行事ですが、アメリカでも同じように行われています。ただし、ブラジルと同じく移民が日本から持ち込んだ文化となっています。

なので、アメリカのロサンゼルスの日本人街という限られたエリアで行われている行事となっています。

日本人が日本から持ち込んだ七夕なので大筋は日本と同じ方法で進めていきます。以前は、在住の日本人しか参加をしていなかったようですが今は違うようです。

アニメや漫画などの日本文化が広まるにつれて、徐々に七夕などの伝統的な日本文化に興味を持つ人も増えたそうです。

全国の七夕祭り|地域によって祭りや飾りが違う

青森のねぶた祭

青森のねぶた祭りは8月頭という旧暦の七夕の時期に開催されている行事です。こちらも七夕と同じく厄払いの要素が強くなっています。

奈良時代に青森に中国から七夕が伝わり、そこに現地に伝わっていた精霊流しの行事が組み合わさった結果だともいわれています。

ねぶたは手作りで作ります。ねぶたは、今でこそ電球が使用されていますが昔はろうそくの明かりを使っていたそうです。

まさしく大型の灯篭だったのでしょ。掛け声をかけながらねぶたを動かす様子は美しいです。

仙台の七夕祭り

宮城県仙台市の七夕祭りは、日本を代表とする七夕祭りではないでしょうか?あまり七夕に詳しくない人でも思いつきやすいと言えます。

仙台の七夕祭は、旧暦の7月7日に行われるので現代では8月7日という日程になります。開催期間は、前後を含む8月6日、7日、8日の3日間です。

そして、笹でなく竹を飾るのです。

その竹を七夕竹と呼び、字や歌などを書いた5色の短冊を吊るします。この風習は比較的新しくて近世以降に行われるようになったと言われています。

最近では商店街のイベントにもなっており、地元を代表するイベントになっています。その中でも最も見せ場となるのが手作りされている豪華な飾りです。

その飾りは、祭の当日まではどのような飾りになるのかは内緒となっているのでみんな楽しみにしています。

祭りが始まる前の8月4日早朝から準備が始まります。開催場所である各商店街では長さ10メートル以上の巨大な竹を山から切り出してくるのです。

そして、小枝をはらってから飾りつけの準備をします。 飾りは数カ月前から各商店街の店舗の方が手作りで準備します。

なんと、一本の価格は数十万~数百万円とかなりの金額するそうです。吹流し5本1セットで飾るのが仙台七夕の習わしとなっています。

飾りが飾られるのは8月6日の朝8時頃からです。ただ飾りの豪華さや美しさを楽しむだけでなく、コンテスト形式になっています。

商店街毎に審査が行われ、8月6日の午後に結果が発表されて結果のプレートがつけられます。

ただ、七夕には雨が降ることもあります。雨が降ったらどうするのか?も気になりますよね。その時は、商店街の方々が飾りにビニール袋をかけて保護します。

この時期は豪華な七夕飾りに目がいきがちですが、地味で素朴な七夕飾りも違った味わいがあって素敵ですよ。

富山の尾山七夕流し

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富山県にも七夕の独自行事があります。それは尾山七夕流しと呼ばれている行事で富山の中でも黒部地区で行われています。

そこで使われるのが姉様人形です。姉様人形という言葉だけを聞くと七夕と想像つかないですよね。

富山県の七夕行事も旧暦の頃に行うので8月7日に開催されています。この七夕流しは、百年以上もの歴史があり伝統的な行事となっています。

姉様人形とは紙で作られた人形です。読み方は、「ねえさまにんぎょう」です。夏越の祓の人形のように真っ白なあっさりとした人形を想像する人の方が多いかもしれません。

でも、姉様人形はカラフルな紙で作られており色とりどりです。板の上に立った人形の周りをキリコと呼ばれる色紙に切り込みを入れて網のように垂らしたもので飾り付けます。

夏休みになると、女の子が姉様人形を作って男の子は、舟や行灯を作ります。そして、その姉様人形は結構大きさがあります。

一目見て人形とわかるくらいインパクトがあるので紙だと言って侮ってはいけません。そんな姉様人形もお祭りの最後に杉葉舟や行灯などと共に小川に流すのです。

時には、姉様人形にろうそくを灯すこともあります。手順としては、姉様人形や船を持って川に入ります。

そして、両岸に立てられた笹の七夕飾りの中を歩き、下流まで押し流のです。小川に流すという行為は、心身の穢れや災厄を祓うと言われていますよ。 

自分たちの厄災を祓うという意味あいの強い行事となっています。ほかの七夕祭りと同じく今と違い夏場に命を落としてしまう人が多かったことも理由の1つかもしれませんね。

長野の七夕人形

長野県にも七夕行事があります。こちらも日本で一般的に言われている七夕行事とは少し毛色の違う行事となっています。

こちらの行事も旧暦の7月7日に行われるので現代の暦であれば7月7日に実施されます。

その七夕行事は長野県の中でも松本地方に伝わっている行事となっています。その行事では七夕人形を使います。

その七夕人形は江戸時代から続いている伝統的な文化なのです。簡単に説明すると、子供の成長を願うための行事となっています。

家の軒先に七夕人形を吊るすという行事です。子供たちは願いを叶えてもらうために、短冊でなく人形を家の軒にたくさん吊るすのです。

それは、たくさんの着物を吊るすという意味を持ち彦星に会いに行く織姫や彦星にどれでもお好きな着物を着て行ってください、という意味があるそうです。

そして、織姫が天の川を渡るときに着物の裾が濡れないようにカーターリ人形と呼ばれている奴も飾るのです。

カーターリ人形は足が長い人形で川渡りがなまってカーターリと呼ばれているそうです。

元々は家庭で行われる行事でしたが最近では商店街や公共施設などでも行われるようになってきています。

基本は、人形のお店に注文して軒先に吊るす人形を作ってもらうのですが、最近は自分で作る教室なども開催されているようです。

人形と言っても紙で作られた人形なのでそんなに高価なものではありません。数百円程度からあり、高くても1万円以内のものが多いでしょう。

七夕の食べ物ってなに?七夕の行事食で季節を味わって

七夕にはそうめんを食べる

七夕の行事食の1つにそうめんがあります。そうめんは七夕を抜きにしても日本の夏の風物詩ですよね。

なので、家に常備している人も多い食材かもしれません。七夕でそうめんが食べられるようになった理由と言われている説はいくつかあります。

まず、1つ目の節は古代中国の話が元になっていると言われています。昔の中国で帝の子供が七夕である7月7日に熱病で亡くなってしまったそうです。

そして、その亡くなった子供が霊となり中国で熱病を流行らせてしまいました。熱病が流行ってしまいどうしょうも亡くなったところで、その子が生きていた時に好きだった索餅という食べ物をお供えしたところ熱病がおさまったそうです。

当時の索餅は、縄のように編み上げた小麦粉のお菓子のようなものだったそうです。日本にも奈良時代頃に伝えられ一般的に食べられるようになっていきました。

そして、同じ小麦粉で作られたそうめんが食べられるようになったのです。当時は、7月7日に索餅を食べるのが無病息災につながると言われていました。

という言い伝えになりました。ほかにも、小麦粉が毒を消すという話に基づいているという説もあります。

ほかには、織姫伝説に絡めた節もあります。元々、中国の伝説の織女は織物が得意な女性でした。

その織女が折る糸にそうめんを見立てて食べるという説があります。手芸が上手になることを願いながら食べるのです。

そんなそうめんですが最近になって色々な食べ方をされるようになってきました。そうめんにパスタソースをかけて洋風の味わいにしてみたり味を変化させることができます。

具も従来のそうめんだけでなく冷麵やパスタのような具材を加えたりと多様性が進んでいます。

そして、ゆでたそうめんを団子状に」作り上げお団子を作るというアレンジレシピまで登場しています。

もはや、原形が想像できないくらいにアレンジされていますがそれだけそうめんが広く食べられているということでもありますよね。

▼そうめんのレシピについて詳しく知りたい方はコチラ▼

中国の七夕で食べられていたもの

七夕の行事食に索餅という食べ物があります。これは、七夕でそうめんを食べることになった原形と言えるお菓子です。

前述の通り、元は中国のお菓子です。日本でも昔は良く食べられていたそうですが最近になって見かけることは少ないでしょう。

見た目は、フランスパンのような色をしています。麦縄をイメージじた見た目なので、フォルムはねじれています。

最近ではホットケーキミックスを使って作ることができるので手作りしても簡単です。

▼索餅のレシピについて詳しく知りたい方はコチラ▼

索餅(むぎなわ)に似たかりんとう

かりんとうは、そうめんが食べられるようになるまで七夕の行事食であった索餅に似たフォルムを持っています。

索餅が小麦粉を練って麦縄のようにねじり上げて揚げたお菓子と言われていますが、今のかりんとうも似ていますよね。

見た目も結構似ていると思います。が、かりんとうの方は近年になってバリエーションも増えてきており索餅のように見えるものも少なくなってきました。

でも、その分味のバリエーションも豊富となっているので好きな味で楽しく食べることができるでしょう。

▼かりんとうのレシピについて詳しく知りたい方はコチラ▼

現代日本で主流はちらし寿司

七夕の料理として、ちらし寿司を頭に浮かべる人も多いかもしれません。でも、実はそうめんなどの他の食材と違い特に理由はありません。

日本では昔から祭の時にちらし寿司が食べられてきたということが理由の1つと考えられます。

ちらし寿司であれば、お客さんがたくさん来ても対応しやすいとも言えますよね。具材は、海老、れんこん、豆などの縁起が良いとされる具材を使用します。最近では、そのちらし寿司を七夕風にアレンジして作ることが主流になってきています。

表面にトッピングする具材の形や組み合わせにこだわることで七夕らしさを出すことができるのです。

今流行りのキャラ弁のようなものを想像するとわかりやすいでしょう。ちらし寿司の上に天の川を作り織姫と彦星を再会させることができればそれだけで感動ですよね。

さすがにアートを作るのは手間が必要ですが、ちらし寿司だけであればキットを買ってきて作ればそこまで手間もかからないのでおすすめです。

▼七夕のちらし寿司レシピについて詳しく知りたい方はコチラ▼

長野の郷土食の七夕ほうとう

七夕に食べる行事食もたくさんの種類がありますが、長野県独自の郷土料理があります。その名も七夕ほうとうです。

長野県の中でも独自の七夕文化を持つ松本地域で食べられている食事となっています。主な材料は中力粉、小豆、ごま、きなこです。

昔の松本では小麦の栽培が盛んだったそうで、七夕が小麦の収穫期と重なることから食べられるようになったと言われています。

ほうとうとは、小麦粉でつくった太い麺に小豆あんやきなこを和えたものです。そして、七夕ほうとうは、松本地域で七夕の時だけ食べる特別な料理となっています。

小豆あん、きなこをまぶして食べるので食事というよりはおやつという扱いです。中には蓬をねりこんだものもあります。

また、七夕ほうとうだけでなく、七夕まんじゅうというものが同じ長野県の安曇野地域で食べられています。

このまんじゅうは、小豆あんを包んだ新小麦でつくったまんじゅうです。それをつくって神様に供えるのです。

▼七夕ほうとうのレシピについて詳しく知りたい方はコチラ▼

占い師秋桜のワンポイントアドバイス「七夕は織姫と彦星が会えるように夜空を見上げてみて」

秋桜
日本人の多くが小さい頃から何となく七夕行事に参加してきたと思うわ。富山、宮城、長野などの独自のイベントがない地域であれば短冊を書いてお願いをするだけの日と思ってきた人も多いかもしれないわね。

今でこそ、みんな「大金持ちになれますように」みたいな私利私欲の塊みたいな願い事をしちゃっているわよね。

けど、基本は裁縫や習字の上達を願う日だったのよ。あとは、夏越の祓のように夏場の厄払いという意味あいが強いわよね。

現代であれば、クーラーなども登場したこともあり夏場の方が過ごしやすいと感じている人も多いかもしれないわ。

けど、昔は夏こそが人の命をわける時だったみたいよ。現代に生きる私たちは忘れがちだけど、毎日何事もなく生活をすることができていることに感謝をする日なのかもしれないわね。

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